ホームクルーズニュース >  2021/1/18 清水港「客船誘致」の父 ・・・望月薫さんを偲んで

一般財団法人みなと総合研究財団

〒105-0001
東京都港区虎ノ門3丁目1番10号
第2虎の門電気ビルディング3・4階

TEL:03-5408-8291 FAX:03-5408-8741 地図・最寄り駅はこちらから

トピックス

2021/1/18
清水港「客船誘致」の父 ・・・望月薫さんを偲んで

静岡県の「清水港客船誘致委員会」で設立時から会長を務めてきた望月薫氏(アオキトランス会長)が、今月13日に逝去された。官民を問わず、地元関係者から「クルーズ船誘致の父」などと慕われた望月さんとの思い出を振り返ることで、追悼の辞とさせていただく。
           (クルーズ総合研究所副所長:沖田一弘)
           ◇
望月さんとの出会いは、1999(平成11)年の清水港開港100周年に関連する港湾関連の一連のイベントが行われたときだった。当時、前職の日本海事新聞社で編集記者をしていた私は、会社が運営協力していたシンポジウムの取材のために現地に出向き、打ち上げの懇親会で初めて名刺交換させていただいた。
「そうですか。クルーズ業界を担当している『沖田記者』は、あなたでしたか。署名記事は、いつも読んでいます。今度、時間があるときに会社に遊びにいらっしゃい。ウナギでも食べながら、昔話とともに外国クルーズ船の誘致について意見交換しましょう」
初対面にもかかわらず、望月さんは人懐こい笑顔を絶やさず、気さくに応対してくれた。以来、望月さんとの交流は20年以上続く。
新聞記者時代、私は全国の港湾関係者とともにクルーズ船誘致と受け入れについて情報交換する勉強会を2001年秋に立ち上げた。創設時からのメンバーとして参画している港の中で、最も熱心にかかわりを持ってくれた一人が望月さんだった。
年に3回程度の頻度で開いてきた勉強会で望月さんは、全国で初めて官民を挙げたクルーズ船誘致組織「清水港客船誘致委員会」(1990年に創設)の事例と経験を、惜しげもなくメンバー港に披露し、いろいろなノウハウを伝授するだけでなく、現地視察なども快く受け入れてくれた。現在、全国各地でクルーズ船の誘致や受け入れで活躍している港湾管理者で、「清水港に視察に行ったことがない担当者はいない」と言っても過言ではないくらいだ。
 民間企業のトップを務めた望月さんはまた、サービス精神が旺盛なダンディーな紳士でもあった。誘致委員会の歴史などを何度かインタビュー記事にしたことがあったが、お目にかかるときはいつも仕立てのよいダークスーツに身を包み、きりっとネクタイを締め、年齢を感じさせない若々しい話しぶりだった。そして、清潔感とさわやかなイメージは、さまざまな会合の場で出会っても全く変わることがなかった。
先の勉強会でも、開催地として2度手を挙げていただき、会合後の懇親会では趣向を凝らした「もてなし」を必ず用意していた。
 1回目は、余興として地元関係者による踊り「港かっぽれ」を、ステージで披露。また、いまでは居酒屋の定番となっている「緑茶ハイ」を初めて教えていただいたのも、この席。帰り際には、出席者全員に地元産品の手土産まで準備する念の入れようだった。
 2度目の会合後の懇親会では、宴たけなわを見計らって「マグロの解体ショー」が行われ、参加者一同は度肝を抜かれた。ショーの後にマグロの握りもふるまわれたが、「懇親会の会費では賄いきれませんが、大丈夫でしょうか」と望月さんに尋ねると、「沖田さん、野暮は言いっこなし。年長者に恥をかかせないでください」とサラリとかわされた。
 また、地元の静岡県や静岡市の若手公務員らが手伝っている「客船誘致委員会」では、彼らの地道な努力と活躍ぶりを、自分の子供のことのようにうれしそうに語る姿が、今でも昨日のことのように蘇る。30年以上にわたり会長を務めてきた理由の一つは、この辺りにあるのかもしれない。
初めて紹介していただいた時、望月さんは還暦を数年前に迎えていた。私も、あと何年かすると、当時の望月さんの年齢になる。ダンディーで笑顔が素敵な望月さんのように年を重ねることができるのか。訃報に接して、あらためて考えてみたが自信はない。    合掌

≫前の記事へ



Page Top